クロはつめを出し入れする(前編)
クロのお母さんは、大きなお腹をゆらしながら走っていました。
きょうぼうなボス猫「さすまた」に追われていたからです。
せまいところをくぐりぬけ、高い塀(へい)を飛びこえ、きけんな道路をいっちょくせんに走り、そして、とうとう、もっともきけんな人間の家のベランダにたどりつきました。
お母さんは、しんちょうにようすをうかがいました。
どうやら「さすまた」をふりきることができたようです。走りづめでふうふうと息が上がっています。
お母さんは体を横たえました。
そのうち、まあるいお月さまが高くのぼり、時が満ちました。
いよいよ、子どもたちの生まれるしゅんかんがやってきしました。
いち! に! さん! ときて、4ばんめに生まれたのが、クロでした。
お母さんは、おちちを飲む4びきの子どもたちをていねいになめてやりながら、考えていました。ここはきけんな場所です。いっこくも早くこのかわいい子たちをどこか安全なところへ連れてゆかなければ!
子どもたちのお腹がいっぱいになると、お母さんはつかれた身体にむちうって、身を起こしました。
そして、くちに子猫をくわえベランダを出ると、月が照らす青い道をいそいで歩き始めました。
めざすは、ちかくにある倉庫の軒下です。
お母さんは、その道を行ったり来たりして子猫を運びました。
ところが、ちからをふりしぼってもう一度ベランダにもどろうと思ったお母さんは、もう自分にはその体力がないことを知りました。
クロをむかえにいけません。
お母さんは、耳をすましました。クロの鳴く声は聞こえませんでした。それから、鼻を高くかかげてにおいをかぎました。かすかに、クロのにおいがしたように思いました。そのとき、お母さんの金色の目からは、水晶のようなまあるい涙がひとしずく落ちました。
それきり、お母さんは、子どもたちの間に鼻先をさしこんで、気をうしなったように眠りに落ちてしまいました。
そのころクロは、ベランダでたった一ぴきお母さんを待っていました。
いち! に! さん! と連れていかれたのですから、次はクロのばんのはずです。
でも、お母さんは帰ってきませんでした。
不安になって、大きな声でにゃあにゃあ泣きました。すると、大きな音をたててベランダのはきだしの窓が開きました。そこには、おそろしい人間が立っていました。
クロのくちからは、しゃーっしゃーっというするどい息が出ました。窓は閉じられましたが、しばらくたつとまた開いて、クロは大きな手で拾いあげられました。クロは、人間につかまってしまったのでした。
後編につづく ⇒ クロはつめを出し入れする(後編)
今日は、これでおしまい。