クロはつめを出し入れする(後編)
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クロは、人間が近づくたびにしゃーっしゃーっと息をはき続けました。
ときどきこわすぎてぷしゃーっ! というへんな音が出ることもありました。
何日かすると、眼鏡をかけた背の高い男の人がやってきました。
その人はすずさんとよばれていて、だいの猫好きでした。
生まれたての猫を拾ったという友人の話を聞いて、もらいにきたのです。もうみるからにクロはあばれんぼうなのですが、友人も困り果てていますし、自分は猫が飼いたいと思っていましたから、すずさんはふかふかのタオルでクロの身体をつつんで、大事に家にもって帰ったのでした。
だから、クロの育った家は、すずさんの家です。
すずさんは、猫好きらしく猫の飼い方にもたけていて、生まれたばかりのクロの世話もお手のものでした。
ただ、今はけいかいしんが強いけど、そのうち慣れてくれるだろうと思っていたのは、ごさんでした。
クロは、いつまでたってもあばれんぼうだったのです。なぜなら、お母さんにやさしくしてもらったり、きょうだいにかばってもらったり、そういう経験がちっともないのでそうなったのでした。
クロの遊びは、本気でした。じゃれるといっても、おみまいするのは本気猫パンチです。ひっかくといっても、本気の猫ひっかきです。
遊んでやるすずさんは、いつも血だらけになるのでした。
「あいたたたー」
と言いながらも、すずさんは、ふわふわがついたのでじゃらしたり、ボールを投げたりしてクロと遊んでやるのでした。
クロが2歳になったころのことでした。すずさんの家に女の人がやってきました。すずさんの奥さんで、まち子さんといいました。クロは、一度においをかいだだけで、それからまち子さんには近寄りませんでした。どんな人かわからなかったからです。
日がたつと、まち子さんのお腹が大きくなってきました。クロは、びっくりしつつ大きな目でようすをながめていました。
ある晩、クロはクローゼットの上から、寝ているまち子さんの大きなお腹めがけてジャンプしました。
「ああっ、クロがお腹の上に乗った!」
まち子さんは、大きな声を出して起きました。すずさんも起きて、ふたりで、お腹を何度もさすっていました。そのようすを見て、クロは、あのお腹のなかには何か大事なものが入っているにちがいない、と思いました。
しばらくたつと、家に人間がひとり増えました。すずさんとまち子さんの赤ちゃん、あけみちゃんです。クロは、だんだんと家に人間が増えていくのを、ふしぎに思いました。そして、あけみちゃんに、愛情をたっぷりそそいでいるすずさんとまち子さんを毎日毎日ながめていました。
お母さん…。クロは自分にも、少しだけ、お母さんと過ごした時間があったのを思い出しました。
あけみちゃんはすくすく育ちました。相変わらず、クロはあばれんぼうでした。
ある昼下がり、クロは日が射すフローリングの床に寝そべって、窓からは気持ちのいい風が入ってうすいカーテンが揺れていました。
あけみちゃんがソファの上から床に飛び降りて遊んでいる音と、笑い声が聞こえます。
すずさんがいて、まち子さんがいて、あけみちゃんがいて、自分がいて、日差しがあったかくて、風が気持ちよくて、少しねむくて、花のいいにおいがする。
そう思うと、クロののどは、しぜんとゴロゴロという音を立てました。
横にいて、アイロンをかけていたまち子さんは、クロののどがゴロゴロ鳴っているのに気がつきました。
まち子さんは、手を伸ばして、クロをなでてやりました。すると、クロののどはもっとゴロゴログルグルと鳴ったのです。クロを触ろうとして猫パンチをおみまいされなかったのは、これが初めてでした。まち子さんは、
(あら、まあ)
という顔をしましたが、何も言わずに、もう少しなでてやると、またアイロンをかけ始めました。
クロは、大きく伸びをしました。
そして、今まで経験したことのないような気持ちのいい眠りに落ちたのでした。
おしまい
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知人のところにいる猫の生い立ちを聞いて、お話ふうにつくりました。
猫は、生まれたとき目が開いてないので本当はまわりを見ることはできないのですが、お話なのでその点は無視してつくりました。
クロは、今も家族3人と元気に暮らしています。
今日は、これでおしまい。