深夜残業におとずれる「魔」のはなし
今日は、たびたび深夜に仕事をしたことがある人ならご存じの「魔」についてのおはなしです。
残業をしておりますと、十二時を越えたあたりから何やら楽しくなってまいりますのは、よく知られている事実です。
心と身体を守るため、脳が快楽物質を出しまして、せめて楽しい気持ちにさせるのです。
徹夜のときに感じる万能感と世界の澄みきった感じ。たまりません。
が、時計が午前二時を回りますと要注意です。彼らがやってきます。そう、「魔」です。
あれは、深夜のオフィスに出るんですよ。
さて、その日わたしは、どうしても仕上げなくてはならないポスターのデータをつくっていました。
もう一人の同僚も同じ作業をしていて、同じフロアに残っておりました。
もうちょっとで完成というときに、わたしはふと、上司から来ていた1通のメールを思い出しました。そのメールには、ポスターに載せるイベントの開催日時について念押しをする内容が書かれていたのです。
わたしはそのメールをなぜかプリントアウトし、ポスターを確認しました。すると、日にちが1日ずれていたのです。わたしはあわてて同僚に伝えました。
「ねえ、これ、日にちが間違ってる!」
同僚は、そのプリントアウトした紙と、ポスターのデータを見比べて、
「うわっ、本当だ、あぶない!」
と言いました。
わたしたちは、さまざまあるバージョンの修正作業に少々あわてましたが、でも間違ったまま納品にならなくてよかったとほっとした気持ちになっていました。
作業は無事に終了しましたが、終電はとっくになくなっていますから、タクシーをつかまえて各自の家に帰りました。
翌朝、十時に出勤してみますと、朝いちで相手に送付される予定になっていたポスターのデータはまだ納品されていませんでした。理由を尋ねてみますと、イベントの開催日時が間違っているといいます。
わたしは、反論するつもりで上司から来ていたメールを確認しました。ところが、そんなメールはどこにもありません。また、プリントアウトしたはずの紙もありません。
昨日いっしょに作業した同僚にも聞きましたが、その紙を見て、確認して、間違っていると思ったことは覚えている、と言いますが、紙がどこにいったかはわからないと言います。
きつねにつままれるとはこのことです。
わたしは、いったい何をプリントアウトしたのでしょうか。そして、わたしたちは、いったい何を見たのでしょうか。そして、その紙はどこにいったのでしょうか。
「魔だね」
と、その同僚は言いました。
「ああ、魔だね」
と、わたしも答えました。
そういえば、間違いに気づいたときに、わたしたちは異様なほどの興奮に包まれていたのです。思えば、あれは「魔」にささやかれている証拠だったのです。
パソコンがメールを表示し、プリンターが紙をはきだしたところを見ますと、「魔」というのはわりと最新の機器にも相性がよいと見えます。
「きつねに化かされる」なんていうのは、現代にはないのだと思っていらっしゃる方。昔はきつねが担っていた役割を、今はパソコンやプリンターが担っているかもしれませんよ。
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以前つとめていた会社で実際に起こったことをもとに、おはなしにしました。
今日は、これでおしまい。