寒くなってくると思い出す話
雪深い村に一軒の家があった。その家の窓の前に男が一人立っていた。
男は、強盗に入ろうと思って、家を物色していたのだった。
男は、窓から家の中の様子をうかがった。
家具もなく、まずしそうに見えた。暖をとる道具もない家族は身を寄せ合っていた。
その光景は、男の眼には幸せそうに映った。
見ているうちに、ふと男のこころに
「この家でなくてもいいんじゃないか。自分が強盗に入るのは、この家でなくてもいいんじゃないか」
という思いが浮かんだ。
翌朝、その村では雪上で凍死している見知らぬ男の遺体が見つかっ た。
男が思った「自分が強盗に入るのは、この家でなくてもいいんじゃないか」というところを書くのが作家の役目である。
それは作家がすくいとらなければ、だれにも知られることがないのだから。
ということを、魯迅(ろじん)が言っていた、ということをどなたかがラジオで話していたのをずいぶん昔に聞いたのです。
この「魯迅が…」というところもあやふやで、魯迅のことを調べても、ちっともこの話は出てきません。他の作家が話したことだったのかも。
それでも、わたしのこころにはこの話が強く残っていて、12月になり年の瀬が近づき、寒さが増してくると、この話がふっと浮かぶのでした。
今年もまたそういう季節が近づいてきました。
今日は、これでおしまい。