葉書の届く音がするとき(後編)
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ゆるゆると、こんな日が、ずっと続くと思っていた。
でも、あるときから小泉くんからの葉書が、ぷっつりと来なくなった。
3カ月たったころは、今回はおそいなあと思うくらいだったが、4カ月を過ぎると、さすがに気にかかってきた。
家族に不幸があったとか、事故にあったとか、忙しいとか、理由はいろいろ考えられた。
迷ったすえ、ぼくは初めて自分から小泉くんに葉書を出すことにした。
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最近はどうですか。
体調が悪いのではないかと心配しています。
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と書こうかと思ったが、 ちょっと待てよと思った。
ぼくは別に彼の体調の心配はしていないのだった。小泉くんは体調をくずすような男じゃないと思った。
30歳を過ぎると、酒を呑んだりたばこをやったりするのが顔色に出るが、彼にはそれがなかった。彼の肌はいつも白くつるりとしていた 。さして運動をしているようにも見えないが、太ってもいなかった。
足したり引いたりしない人だよなあと思った。だから、思うままを書いた。
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最近お茶会がありませんが、
忙しいですか。
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思うままというか、単なる質問になってしまった。でも、まあ、それがぼくの思うままだった。
それをひやっとしたポストの口に押し込んだ。ポストの投函口の金属の蓋(ふた)はぼくの指をはうように滑り、チンと音を立てて閉まった。
すると、葉書を出してから四日ののち。
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あなたから手紙をもらえるとは思っていませんでした。
今月の最後の週の土曜日に茶会をします。
ぜひ来てください。
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という、いつもの小泉くんとも思えない、はずんだ調子の葉書が届いたのだった。
「おお…」
と葉書を見て思わず驚きの声を上げたくらいである。
小泉くんが葉書を出さなくなった理由について、ぼくは身体の奥のほうで理解していたと思う。
駅までの道、電車に乗る車両、コンビニで目を留める棚、曜日で選ぶテレビのチャンネル…他のやり方もあるはずなのに、しっくりと日常に収まったそれらのものは、無意識にぼくの行動を支配している。
だけど、気づきはあるとき突然やってく る。
無意識に階段を昇るときにはなんともなく昇れるのに、「自分は階段を昇っているな」と思った瞬間、足がもつれることがあるように。
日常になじめばなじむほど、それをどうして選んだのかがわからなくなり、そして、じっと見つめたが最後、今までどうやってそれをやってきたのか、わからなくなってしまうんだ。
小泉くんが葉書を書こうとしてペンを置いたのは、そういうことに彼が気づいたからじゃないだろうか。
そして、浮かんだのは、無意識を共有するということへの、かすかな不安。
ぼくは、そのていねいだが勢いのある字の並ぶ葉書の返事に
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お茶会いきます。
よろしく。
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と書いて送った。
あの庭には、そろそろ梅が咲くに違いない。
あと四五日すると、きっとまたうちの郵便受けに小泉くんからの葉書が届く。
おしまい
今日は、これでおしまい。